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ミサイル攻撃で撃墜された航空機(1973〜)

 ウクライナの航空会社が運航するボーイング737-800型機の墜落を巡り、墜落現場となったイランの調査団は10日、ブラックボックスを分析のため他国に引き渡す意向を示していますが、恐らく発見後に「追加ダメージ」を与え一部のデータが正しく読めない状態になっている可能性は十分にあり得ます。アメリカやウクライナが今後詳しいデータを読み取る事は難しいと思います。

ウクライナでマレーシア航空のMH17便が撃墜された時もそうでしたが、紛争状態にある国での墜落事故は原因解明が非常に難しいものです。今回の事故では1歳児など幼い命も含まれていました。ご冥福をお祈りします。

これまで40年間でミサイルによって撃墜された航空機を幾つかまとめてみました。

ウクライナ: 298 名死亡

July 17, 2014: マレーシア航空MH17便が、アムステルダムからクアラルンプールへ向かう途中、武装勢力下にあったウクライナ東部で撃墜されました。

機体はボーイング777型機で、乗員乗客298名全員が死亡しました。その内193名がオランダ人でした。
ウクライナ政府と親ロシア派武装組織のどちらもがお互いにミサイルを発射したと非難しました。
2019年、オランダの検察官は、ロシア軍の3人のメンバーを含む4人の容疑者を攻撃の容疑者として発表しました。

ソマリア: 11 名死亡

March 23, 2007: ベラルーシ航空に属するイリューシン(Ilyushin) II-76貨物機がソマリアの首都モガディシュ空港から離陸後しばらくしてロケット弾により撃墜され、11名が死亡しました。
この貨物機は、2週間前にミサイル攻撃を受けた機体を修理する為にベラルーシから訪れていたエンジニアとテクニシャン達を乗せていました。

黒海: 78 名死亡

October 4, 2001: テルアビブからノボシビルスクへ飛行するロシアのツポレフTu-154が黒海上空で爆発し、78人が死亡しました(ほとんどがイスラエル人)。墜落事故はクリミア海岸から約300Km(186マイル)の場所で発生しました。 1週間後、ウクライナ政府は、この惨事がウクライナのミサイルの誤射(偶発的な発射)によるものであることを認めました。

イラン: 290 名死亡

July 3, 1988: イラン航空のAirbus A-300が、イランのバンダルアッバスからアラブ首長国連邦のドバイに飛行中、ホルムズ海峡を巡回中だった米フリゲート艦USSビンセンヌから発射されたSM-2ブロックII艦対空ミサイル2発により離陸直後にペルシャ湾のイラン領海内で撃墜されました。戦闘機と誤認が原因でした。
66人の子供を含む290人の乗客が死亡しました。 米国は国際司法裁判所での和解後、被害者の補償としてイランに101.8百万ドルを支払いました。 合意の一環として、米国は法的責任を認めず、イランに正式に謝罪しませんでした。
米国は後に、指揮官としての功績に対して、USSビンセンズ艦長ウィリアム・C・ロジャーズ三世に、「レジオン・オブ・メリット」
を授与しました。これは戦功章の一つで、敵との戦闘において功績を挙げた軍人に対して授与され、平時においても困難な任務に格別の功績をあげた軍人に対して授与される勲章です。

ロシア サハリン: 269 名死亡

September 1, 1983大韓航空ボーイング747は、操縦士と副操縦士によるヒューマンエラーが原因で飛行ルート/コースを外れた後、サハリン島でソ連の戦闘機によって撃墜されました。 269人の乗客と乗組員が死亡しました。 ソビエト当局者は、5日後に韓国の飛行機を撃墜したことを認めました。

シナイ半島上空: 108 名死亡

February 21, 1973: イスラエル占領下のシナイ半島上空で、航路を逸脱して飛行していたリビア航空のボーイング727がイスラエル空軍機によって撃墜された。同機はトリポリからカイロに向かっていました。
この墜落により乗員8名、乗客105名のうち副操縦士と乗客4名を除く108名が死亡しました。

同機は第三次中東戦争でイスラエルが占領していたシナイ半島上空を飛行しており、領空侵犯していることにしばらくして気づいたパイロットはパニックを起こし、カイロへ向かうべく、方向転換を図って(一度は下げた)ランディング・ギアを引き上げた。これを視認した戦闘機のパイロットは、同機がが逃亡しようとしていると判断し、閃光弾を発射した後、M61 バルカンで銃撃を加え撃墜しました。